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子どもと教育

へたれな母が子どもの教育についてあれこれ考えてみたことをつづっています

じっくり「考える」ことができるのは、いつ??

先日の保護者会。

ICT機器が整備されている教室。

担任の先生から

「授業のスピードが格段に速くなっています」

とアナウンス。

 

授業のスピードが速くなったということは

自宅でやらなければならないことが増えるということ。

 

もしかしたら、ゆっくり過ぎるくらいの授業の方が

子ども自身が吟味しながら学べるということかなと思うと

今の子は

スピード感も求められているようで

なんだかかわいそうに感じる。

(ここのあたりは学校によるのかも?)

 

途中でそのスピード感についていけず

振り落とされてしまったらと思うと、ぞっとする。

予習復習に追われているところばかり想像してしまう。

子はあまり分かっていないからか

ずいぶん、ゆっくりしている。(ように見える^^;)

親が焦ってしまうが、しかたがない。

 

とはいいつつ

できれば、中学生の間くらい

ゆっくりじっくり、物事を考える時間をとってもらいたいな。

(でも、授業に遅れても困る・・・むむむ・・・)

“佐藤ママ”から考えてみましたー中受振り返り

本当にすごいなーって思います。

アスリート育てるのと同じなんだなというのが

感想です。

天才は1%の才能と99%の努力でできるって

こんな感じかなって思いました。

 

99%の努力できる子に育てるのってすごいな。

私は、努力家を育てる才能を持った親ではなかったなと

自分を振り返ってみました。

そしてこういう家庭が

「勝ち組」という言葉があてはまるのかなと思いました。

まねする人も出てくるのかな?

 

それでも私はこんな風にできたらよかった、とは思わなかったです。

なにしろ、偏差値競争に勝たせるための気概が親になかったのが

今回の受験を通して分かったので。

 

子にとって、そういう気概がない親に育てられたことが

幸か不幸か、私にはわかりません。

ただ、画一的な方向に進むのではなく

親としてできることと、子の適性を見極めながら

子が楽しいと思える生き方を選べるようにできればと思っています。

 

受験直後は親子で「偏差値至上主義」に縛られて

なんだかつらい思いを抱え込んでしまいました。

入学した学校は、受験前から子に合ったとてもいい学校と思っていたのに

力試しにうけた偏差値高めの学校に落ちたのが

親子でショックでした。

 

でも、“佐藤ママ”のことを考えているうちに

そうか、それぞれの生き方・価値観・やり方があるんだって

思えるようになりました。

このやり方が勝ち組になる方法かもしれないけれど

私は、羨ましいと思わなかったからだと思います。

 

偏差値高めの学校に落ちてショックだったのは

受かった子を羨ましく思ったからだったのだと思います。

受験をしたからにはやっぱり合格したい。

目の前に突きつけられた結果をうまく受け止められなかったのだと思います。

 

ただ、ちょっと自分から離れた場所で考えてみると

佐藤ママの子たちも、うちの子が落ちた学校に受かった子たちも

同じことなんだなと思いました。

それぞれの家庭で、それぞれの親の教育力で

子どもの適性に合った学校に合格していった。

ただそれだけのこと。

 

ただそれだけのことと思ってはいるのですが

自分の子のことになると

どうして期待感が大きくなってしまうのでしょうね。

親なりの子が育つだけなのに。

 

佐藤家には佐藤家生き方があるように

うちにはうちの生き方があるんだなって今は思います。

思うようにしているだけなのかもしれませんが^^;

 

うちの子なりの幸せを見つけてほしいです。

田舎の高校生向け塾の話から考えてみた

田舎といっても、私の出身地のことです^^;
JRが30分~1時間に1本程度、1両編成で走っているとろです。
山の中を、そりゃあのどかな感じです。

そんなのどかな田舎でも
大学受験に向けて進学塾に多くの子は通っているそうです。

その高校生向け進学塾の説明会でのはなしを聞いて
へぇ~と思うことがありました。

進学塾での話し(※また聞きです^^;)
「私立中高一貫校に行っている子たちは
 前倒しで授業を受けている。
 高2で全て終わらせて、高3は受験勉強に専念するのが当たり前。
 公立に行く子たちは、その子たちと競争しなければいけない。
 授業だけでは間に合わないので、その分を塾でやらなければ
 私立中高一貫校に行っている子たちに勝てない」
そんな感じの話をしていたそうです。

この話を聞いて思ったのは
少子化だから
どこも何かネタを探しだして、保護者を煽って
なんとか塾業界を維持するネタを見つけてくるんだなって。
それは都会だけでなく、田舎もおんなじなんだなって
少しびっくりしました。

実際、どうなんでしょうか。
本当に、私立中高一貫校に公立は負けてしまうのでしょうか??

高偏差値大学に受かることが「高校」の至上命題なら
そういう部分はあるのかもしれません。
なにしろ東大合格者数を競うと、どうしても私立が上位になっています。

でも、教育って、そもそも人格形成の場でもあるので
受験産業に煽られるがままに受験を考える必要はないように思います。

でも、理屈で考えたり、自分の経験で考えると理想は分かるのですが
子どもは自分と違ってまだ「可能性」があるので
その「可能性」をつぶすようなことにはならないようにはしたいと思うと
ついつい煽られてしまいます。

理想と現実、子どもの特性。
どうしたらいいのか全く分からない。

教育を考えていくことは、本当にむずかしいです。

大学もだけど、中学受験も変わる??-英語教科化②

中学入学段階での
小学時代の英語教育への期待の程度が
中学受験から
そのうち見えてくると思います。

ただ、各所の行っている英語教科化のアンケートでは
現場の小学校教員は負担に思っている結果になっていますね。

そうなると、一保護者として小学校の英語教育に
あまり過度な期待を寄せるわけにいかないなって思えてきます。
中学受験に関しても、他の教科同様
家庭の自助努力がとても大切になってくるのかなと想像します・・・

そうすると
①自分で教える
英会話学校に行かせる
③塾でやらせる
④数年、海外に渡航してみる
⑤インターナショナルスクールなどへ入れる
・・・などなど思いつきますが、明らかに無理なものもあります。
現実的には、②か③になるのかな??

中学受験が変わってくると、塾の方針も変わりますよね。
中・高生までカバーしている進学塾は、ノウハウあるかもしれません。
Yなんかは、もっと早い段階から子ども英会話教室を持っているので
もっとノウハウあるかもしれませんね。
ノウハウないところは、既存の英会話教室なんかと
タイアップ図っていくことになるのかもしれませんね。

しかも
これからの時代「思考力」が求められるようになるので
それも含めて、力をつけなければなりません。
昔のように、まじめにコツコツ積み重ねればいいだけではなく。

ただ
薄いと、偏った意見になる恐れがあるのではと思うと
思考力を上げるためには、ある程度の知識も必要ではと思えてきます。

AIがいくら知識を出してくれても
それは単なる一情報に過ぎません。
それを分析し、自分なりに正しい判断を下していくためには
情報が、目の前にあるだけでは難しい感じがします。

やはり、ある程度のベースの知識を頭に入れておかないと
判断って難しいような気もします。

そうなると、今まで同様
ある程度は知識が詰め込まれた人の方が有利なのかなと思うと
塾では、従来の形式を続けていくことも必要なのかな。
そうなると、やることがとてもたくさんになりますね・・・


うーん・・・

うちの子見てて
これまでだって過剰だなって思っていたのに
あれ以上のものが求められるとすると
なんか、私が死にそうな気分になってきました

なんでもすぐにできる地頭いい子でない限り
知識の詰め込みを、もっと早い段階で行っていかないと
受験に太刀打ちできなくなるということでしょうか・・・・・

そんなことを考えていたら
過渡期にある“今”の子どもたちは
とても大変だなぁと思いました。

 

※関西では、未だに三教科入試が主流みたいなので
  首都圏とはだいぶ進み方が違うのかもしれないのですが。

大学もだけど、中学受験も変わる??-英語教科化①

今まで小学校の英語のことって
遠い先の将来にとってどんなふうにしたらよいのか
なんて考えるばかりで
目先のことなんて気になっていませんでした。

でも、最近の中学受験では
「帰国子女枠」
さらには
「英語入試」なんかを設定している学校もありますよね。

英語が教科になるということは
中学受験の段階で
受験生全員に「英語」を課してもいいということになりますよね。
そうなると
中学受験の段階で「五科目入試」って一般的になるのでしょうか???
あ、でも早くても導入は2022年ころになると思うので
一般化したとしても、もっと先の話になりますね・・・

御三家あたりがやりはじめると変わる気がしますが
なんとなく、やらなさそうな予感も・・・
あとは渋谷系などの21世紀型教育と言われている学校の動向も
気になりますね・・・
その辺りがはじめると、影響でそうですよね。

公立の適性検査型のような問題にして、国算理社の力を見て
それプラス英語、とかにすればどうでしょう??
渋谷系はもともと論述多いし
国算理社をミックス問題にしたら
英語を入試科目に設定できそうな感じはしますよね。
既に、ミックス問題のような入試を一部導入している学校もありますよね。


AIが発達するから、英語いらない説も聞かれます。
AIの発展に関しては、私自身どうなるのか予測はできないですが
感覚としては、英語は当面必要な気がします。
なぜなら
自分の頭で考えたことを翻訳機を通して訳すと
ニュアンスが伝わらなくなる気がするからです。

簡単な例えで恐縮ですが
「おもしろい」は“fun”なのか“interesting”なのか、とか。
こちらの心も読み取って訳してくれる翻訳機が出てくるのは
いつになるのでしょうね。

そう思うと、当面は、AIに大まかに訳してもらうとしても
きちんと自分の考え・意思を伝えるためには
自分も語学力がないと、難しいのかなって思えています。

そういうわけで
当面は、英語を学ぶ必要があるかなとは思いますが
それを、中学入学の段階でどの程度のレベルを求められるようになるのか。
そこが一定以上の水準を求められるようになると
中学受験に反映されるのですはないかと・・・

そもそも中高一貫校の方で
小学時代の英語教育に期待していなければ、
入学後、一から学校で面倒見ますよというスタンスならば、
あまり、変化は起きない気がします。

でも、一部でも英語入試があるということは
小学時代の英語教育に期待できる子もいると考えている学校もあるというわけで。
導入に踏み切る学校がないとは言い難いですよね。
一般化されるかは、まだ想像もつきませんが。


どうなるのでしょう??
中学受験の英語。

ちょっと考えが長くなったので、続きは次回に

入ってみないとわからない、私立

www.asahi.com

 

理念や理想は共感できて入っても
中で、実際に行われる指導までは
入ってみなければわからない。

これって、幼稚園でなくても、どこも同じだと思いました。

宣伝上手なら、親は子どもを連れて集まってきます。
親も「きっとここなら大丈夫」って、思ったんでしょうね。
それで子どもを入れたのに。
なのに、もしも、ここに書いてあることが事実ならば
切なくなります。
そして、考え込んでしまいます。

こういう点で考えると
公立の方が、安心感があるのかな。やっぱり。
問題のない先生が一人もいないとは断言できないけど。
組織ぐるみで悪いことしないとも言い難いけど。
「異動」があるので、人が少しずつ入れ替わるし
なにしろトップも2~3年で入れ替わって行きます。
いろんな意味で変化が起こりやすいですよね。

また、こういうことが起こりにくそうな場所としては
伝統校や大学付属なんかも
あげられますね。
人気が出るのもわかる気がします。


改めて、中学受験を振り返ると
新興校と言われる学校、SとかHとかKとか。
すごく頑張っていることがよくわかります。

私学の多様性に驚愕ー学校選びの重要性を痛感

今話題なので、ちょっと考えてみました。
森友学園

いろいろな考えがあることなので
考えるのが大変な話題だな
と、思いました。

裏でいろんな工作があったかなかったかということより
その教育内容に、関心はあります。
いいか、悪いか。価値基準は持ち込めないですね。
ただ
こういう学校が存在することを否定することはできない気がしています。
(あ、首都圏にも似たような学校ありましたね<emoji:asease>)

それは、私学の多様性の否定につながりそうで怖いから。
世の中、いろんな考えがあって、いろんなニーズがあって
選択をする自由もあるのかなと思います。

私自身が選ぶかどうかは別として。

この教育を受けさせることを決めたのは親。
親は、思想信念に基づいて、その教育を選んだのか。
それとも、その後に連なる〇〇学校への推薦枠にひかれたのか。

子どもの学校選び。
親の価値観や目利きも重要ですね・・・

学校は偏差値だけでは、選べない。
私学の建学の精神とか、教育内容とか、カリキュラムとか。
学習指導要領に縛られない分
選ぶ親の責任もおおきいな。

自由は大きな責任を伴うことを実感。

改めて、私学の多様性を思い知らされるニュースでした。